満月塩道楽

バカな事書きます

男女差別の根底にある自己優越観

職業柄、週刊誌や経済誌に目を通すことが多い。

各誌のコラムはそれぞれの性格を表しており、読めば大体のスタンスは把握できる。一部例外はあるのだが…

 

週刊朝日は政権に対して批判的だ。左派の面がコラムにも色濃く現れる。田原総一朗室井佑月堀越千秋らを筆頭に、控えめに言って結構ボロクソ言っていた。堀越氏の連載「美を見て死ね」の終了やブラックアングルの休載による後半の物足りなさを川合さんの猫シリーズがそっと埋めているといった感じである。

 

そして、週刊朝日には「ニッポンスッポンポン」という連載がある。手掛けるのは北原みのり氏だ。

この連載のテーマは「性差別」であり、北原氏の体験談を交えながら女性の社会的な弱さ、そこからくる女性差別への批判が展開される。連載は第二部に突入しており、誌上の歴史も長い。

北原氏の連載は女性から大きな賛同を得るだろう。併せて、庶民目線の室井氏とジャーナリスト・田原氏が揃って政治批判を展開すれば立派な「弱者目線の週刊誌」が出来上がる。

話を北原氏の連載に戻すと、こちらも結構タチが悪い。氏が批判する女性差別は男性視線から語られており、どういう事かといえば、世の女性が差別だと感じなく、それでいて男性が性的対象と見る部分についてセクハラである、女性差別だと指をさして批判を始めるのが「ニッポンスッポンポン」である。良く言えば斬新な切り口と評価されるであろうし、悪くいってしまえば、こんなんただの言いがかりである。彼女に言わせれば春画やフランスの裸婦画はもれなくセクハラであり、こんなものが世に生まれるのは古来より女性の立場が弱いからだ、となるのだ。ここまでくると芸術もクソもあったものではない。

 

ここで少し話の枠を広げると、世の中には多くの女性差別が存在しているとされ、関連書籍も数多く出版されている。身近なところでいえばSNSでシェアされて回ってくる中にもそういった話題のものが定期的にある。勿論、読んで共感するものもあるが、その大半は女性差別の皮を被った男性差別である。

差別を批判する際に異性を蔑める行為や発言をするのはナンセンスだ。そこには「自分が優位に立ちたい」という潜在意識が見え隠れする。

女性の地位を向上するために自分らの努力ではなく男性に堕ちろという。女性のスタンスをアピールするためであれば男性をキモいと言っても構わない。彼女らの言葉を借りればこれこそ差別ではないのか。差別を語る連中が無意識に差別をしていれば、説得力も失われよう。

 

男尊女卑の歴史があった日本だからこそ、時代が進むにつれて女性の反発が大きくなっている。しかし、男尊女卑であろうが逆であろうが、我等を尊じて異性は卑しの思考が根付いている限り、差別問題に本当の意味での解決はないだろう。結局肝心なところで自分が可愛いのである。

 

が、絶望的ではない。文化が進み、今では男女間で一定の折り合いをつけてうまくやっている。さらに、女性に憧れる男性や、同性間での恋愛も社会的に受け入れられる雰囲気が広まりつつある。時間はかかってもやがて男女間の壁が「どうでも良くなる」時代が到来する。

そういう流れの中で、重箱の隅をつついては女だ男だやっている北原氏は作家でありながら時代遅れのレッテルを貼られるのであろう。

最後になるが、裸婦画を掲げて女性差別だなどとほざく奴に限って数えるくらいしか美術館に行った事が無いんだよな。一般に芸術と呼ばれるものにおいて、男と女の裸はどっちが多く描かれてるか知ってるか?北原さん。